ゲームデザインに関して思うこと その2

再び、デザインに関して思う部分が色々と湧きましたので、
筆をとることにしました。

前回は、それっぽい形をただ作り上げるゲームの作り方の問題点をメインに話しましたが、
今回は、マニアが作るゲームの問題点の話になります。
[ゲームにおける説明の重み]

例えば、あるRPGでは、
ステータスも自分で割り振りできる。
魔法の取得も自分で選べる。
そういった仕様だとします。

そういった仕様のゲームでは、ステータスの割り振りを自分でできるのですから、
当然、特化したステータスやバランス型のステータス、
そういったのを自分で決めることができます。

ところが、そういった仕様であるがゆえに、
魔法戦士みたいなバランス型の職で、ステータスが影響するような魔法、
回復魔法や攻撃魔法を取得しても、効果量が低い上に、
ステータスも低いからMPも少ない。

じゃあ、ちょっと回復のサポートに、と思っても、
回復量が本職とは全然違うので、回復しきるのに使わないといけない回数も多く、
MPも少ないから、ちょっと回復しているだけですぐにMPがなくなってしまう。

ということは、そういった仕様のゲームでは、
ステータスが影響するものは、魔法戦士には取得させないほうがいいわけです。


ですが、プレイヤーからすれば、いきなりそういったことがわかるわけではない。
魔法戦士という言葉から、MPや習得速度は遅いけど、
効果がそこまで違うということをイメージしない人もいます。

例えば、ドラ○エ3の勇者と僧侶、
勇者のベホイミと僧侶のベホイミってそんなに違わないですよね。
勇者のほうが覚えるのが遅かったり、最大MPが低いから使える回数が少なかったりするだけです。

ウィザード○ィとかでもそうです。
サムライの攻撃魔法とメイジの攻撃魔法、そんなに差は出ません。

なのに、そういった作品を真似て作っておきながら、仕様は上で説明したような
割り振りタイプだったらどうでしょう。
ドラ○エを真似て勇者とか僧侶とかあったら、
勇者にもベホイミを取らせてしまいがちですよね。

でも、その仕様では、ステータスも割り振っていないといけないから、
知力とかにステータスを振ると、当然、攻撃力やHPに割り振る分が下がり、
前衛としても弱くなってしまう。

そういった場合、
「そうじゃないんですよ。」というのは強く説明いけない部分と言えます。
それこそ、ゲーム内で最初にアドバイスしておかないといけないことと言えるでしょう。

それどころか、ゲーム中の手本とかでは逆に、
そういった部分を推奨してしまったり、
逆に魔法の専門職に殴りまでさせようとか別のことをしてしまったりとか。
その上、マニュアルでは、やっぱり専門職は、
特化のステータス振りしようとか、
言ってることがめちゃくちゃだと、プレイヤーからすれば、
何が正しいのか全くわからなくなってしまいます。


そして、その上、その割り振りに失敗したら、
挽回の手段が無く、キャラクター作り直し、育て直し、という仕様だったらどうでしょう?
もう、ふざけんなよ。
とプレイヤーは、なってきます。


この問題の核心はどこかというと、説明がおかしいことです。
仕様がいいか悪いかは、この段階では別問題ですよね。

問題は、
その仕様に適したプレイのさせ方ができないほうに間違って誘導している説明のほうです。

ですが、説明が悪かっただけで、仕様としてちゃんとわかれば、
いいゲームとして評価されるのかというと、
実は、挽回は難しい
です。

それこそ、現実でもそれを証明した作品が、
アンリミテッド:○ガ
とかです。

作品の中身がどうこう以前に、説明が不足していたり、間違っているだけで、
一気にその作品の評価というのは落ちてしまいます。


考えてもみてください。

例えば、電子レンジの使い方を教えるときに、
「茶碗蒸しとかでも数分で出来ます」とか書いてあるだけだと、
爆発させてしまいますよね。
(ラップをしなさいとか、ラップをしても空気が逃げるところが無いとダメとか、
一切書かずに)

そういった使わせ方をしてしまうと、
電子レンジは茶碗蒸しを爆発させる機械ということになり、
その人たちにとっては、電子レンジは酷い道具、
という認識になってしまうのです。

どれだけ作りこんだところで、使わせ方を間違えれば、
その物の価値は無へ帰してしまう、
説明というのは、その危険性と隣りあわせなのです。


では、説明が上手い作者と下手な作者、何が違うのでしょうか?

実は、説明が下手な作者というのは、ある傾向があります。
それは自身がマニアックで負けず嫌いなタイプの作者です。

なぜかというと、負けず嫌いな人は、
手順がギチギチなものを作ってしまい、
複雑な手順で構成された正解以外がすべて間違いになり、
結局、滞りなく物事を進めるには正解を教えざるを得なくなり、
それはイコール、答えを教えてしまうから、ズルをさせてあげるだけになる。
となると、それはズルさせているだけじゃないか、となって教えるのをためらうようになる。

それどころか、負けず嫌いだから、
相手のほう(下手なこと、わからないこと)が悪いということにして、自己正当化を図り、
自分は何も間違っていない、悪いのは相手だということで片付けようとしてしまったりもする。

他人を弾き飛ばしてしまう、対抗意識をもって、
他人からツッコミを入れられないように勝とうとする、
そういう人ほど、部分、部分をギチギチに作ってしまい、
他人からのツッコミを排除したわがままな作品になっていきます。

逆から見たほうがわかりやすいですかね。
ギチギチに部分、部分を作ったものが先にあり、それへのツッコミを弾き飛ばしてしまうから、
その部分ごとだけで完結してしまい、
つながりが生まれず、その部分、部分に合わせて、その都度完璧を求めるだけの作品になる。

RPGで言えば、その箇所を攻略するために、プレイヤー側も完璧な布陣(パーティー・装備)を要求し、
また次の箇所では、その箇所を攻略するために完璧な布陣を要求する、
そこをクリアするためにその都度、完璧な布陣を構築するための作業が要求されるだけで、
プレイヤー側がそれぞれのアプローチでどう切り崩していくかの自由とかが全然無い
わがままな作品になっていきます。


でも、それって、外から見ると、
正解がそれしかない、ギチギチなゲームをデザインしているだけにしか過ぎないんです。
数あるデザインの中で、自分がやっているのは、そういうデザインに過ぎない、
自分が作っているゲームがそういうゲームだ、というのは置き去りになっているだけなんです。

そして、そのことを自分で見つめることができない。

なぜそこを見つめることができないかというと、
そこを指摘するものに対してすら、
負けず嫌いの性格で口げんか、思想のケンカをして、はじきとばしてしまうからです。
突っぱねるということですね。

デザインというのは、
[どういうデザインをしているのかは作者のほう]
[どういうデザインかと受け取るのは受け手のほう]
という関係ですから、作者が自分と向かい合わないという事は、
良い質のゲームを作る、そのどれだけいいものにするか、とかを考えているのではなく、
作品を通して、価値観的なものを押し付けたいとか、そっちのほうが主目的になっていることを
露呈してしまっていることにもなります。

※この押し付けというのは、何もキャラクターを通じて言葉で説教するとかではなく、
全然クリアできないような難易度のゲームを作って
「現実の厳しさを教えてあげているんだ、どう、それをやっている私って偉いでしょ。」
と、ゲーム部分を通して気取りたいだけとかのような、
文字や言葉にしなくても、形態そのものが結局はそういうコミュニケーションになってしまっていることを指します。

でも、プレイヤーは作者にひれ伏すためにいるわけではないのですから、
プレイヤーはプレイヤーで、その作品への感想を持つ、
そのずれに関して、欲深いだけのわがままな作者は、
それにすら噛み付いていく構図になるわけです。

ですから、
「ゲームに詳しいオタクがゲームを作れば、最強のゲームができるんじゃないの?」
と安直に想像しても、現実がその通りになっていないのは、そこでもあるのです。

むしろ、向かい合えないまま振り回すことが続くと、
「オタクが作るゲームは面白くない」と
世間に認知させていってしまう要因にすらなっていくわけです。

どれだけ技術を勉強しようとその部分が欠けているとダメだということなんです。
それを自覚できないままだと、ただの努力の方向音痴で終わっていってしまうのです。

頭の中にただ単に情報を記憶として詰め込みまくって、
それを振り回せるようになれば、頭が良いというわけではない、
ピストルの使い方をただ事務的に必死に勉強して覚えても、
そのピストルを使ってバカをやらかすなら、それはやっぱりバカなんです。

本当の頭の良さはそこじゃないよ、ということなんです。

その頭の良さがないと、企画力、計画力の部分が欠けたまま、
横着でわがままなことの繰り返しになり、
それが結局、[センスが無い]といわれるものになっていくわけです。

そして、その根っこにあるのは、
どう認識して受け止めていくかという認識力であり、
その認識力の欠如が、無自覚を引き起こしていく。
その無自覚を棚に上げた、野心の暴走が行き着く先が、
独りよがりに作ったものをごまかしているだけの 説明ができない完成品になり、
説明がどんどん下手になっていっていくというものなのです。


よく、ややこしいことや難解であることを高尚だと考えてしまいがちですが、
実はそういったものは、理解の視点を置き去りにして読み取りにくくなっているだけで、
中身のレベルが高いとは限りません。

[もんむす・くえすと! ぱらどっくすRPG 前章]という作品で、
愚者は簡単な事柄を難解な言葉で語り、
賢者は難解な事柄を簡単な言葉で語るもの。

というセリフがあります。
まさに本質はこれなのです。
本当に頭がいい人というのは、難しいことをわかりやすく説明できる人なんです

人に理解できるように話すというのは、
相手が考えている(失敗)内容がこうなんだよ。
と指摘して、さらに正解の形もこうなんだよ、と、その相手が理解できるように話す。
相手自身が「あ、こうなんだ。」とわかるように話しきらないといけないからです。

そういう風に話しきるには、まず自分が理解する段階で、
自分が何をやっているか、根っこからわかってないといけません。
だから頭がいい、というのは自分で自分が何をやっているのか、
ちゃんと理解していること
とも言えます。

ということは、自分でちゃんと説明して、心地よくプレイさせられるような作品を作れないうちは、
自分で整合性を考えながら物を作ることはできてない
ということでもあると言えるのです。


こういったことからもわかるように、
他人に説明するという事は、自分を何をやったのかと向かい合わされることでもあります。

他人に説明するとなると、
「自分が作ったゲームって、こうなんです」
と相手に理解させるわけですから、
当然、変なものを作ったなら
「あなたはそんなゲームを作ったのですか?」
と、相手から返ってくるからです。

ですから、そこから逃げて自分本位のものを塗り固めただけの作品というのは、
自分が何をやったのかと向かい合うことから逃げるということにもなるのですから、
その道具(作品・媒体)はどういう道具になっているのか、という確認から逃げているともなり、
道具としても、相手に適したデザインになっておらず、
独りよがりに形付けたいだけのものになってしまうということです。

負けず嫌いの人の厄介なところは、
自分が勝ってさえいればいいという想いが強いので、
常に相手が間違っていて、常に自分が正しいという
場面、会話の流ればかり作ろうと考えてしまい。
「今日、このやりとりが自分の勝ちにならないことがムカツク」
と、そればかりで、相手の知性の質を見ようとしないままなんです。

それどころか、そうやって破られる現実が嫌だ。
と、現実と向かい合わず、自分の主張だけで凝り固まっていたりもします。

そういったのは、思春期のガキが、
「世の中の大人たちは腐ってる、自分のほうが利口なんだ。
だからお前達間違え。
それをやっつけて、俺は正義に浸るから。
お前たちは、俺に敗れるように間違ってくれていればいい。
俺は今日、勝てていることがサマになっていればいいのだから。」
と浸っているとかなら、まだガキのたわごとで許されるレベルですが、
やっぱり人と接するようになったり、何かを自分で述べるようになるのなら、
そこはちゃんと向かい合えないといけないと思いますよ。

ゲームにしても、それぞれ手に取った人が思うこと、
やろうとすることは違うわけです。
そういった人たちに、その行為が何なのか、どういった意味を持つのか
それを説明していかないといけません。

世の中には、色々な人がいます。
時には、その人の考えていることのほうが、
しっかりしていることとかもあります。
それが現実です。

現実というのは、自分が一本取られることだってあるんです。
そのときに重要なのは、自分がやっていたことの質が何なのか、
相手のやっていることの質は何なのか、ちゃんと中身を考え、照らし合わせて、
やり方のレベルを上げていくことです。

[わからない奴が悪い]として、自分を振り回すだけなのは、
自分をちゃんと土俵の上にあげて、相手に納得する形で筋を通すことができない
ということになるのですから、説明をきっちりできないような作り方をしたゲームというのは、
どれだけマニアックなものの粋がギュウギュウに篭っていても、
やはり、いびつな作品と言えるでしょう。

そういったのは、料理を作って食べるということに例えると
「頑張って作ったから美味しいと言って」というゲームにしか過ぎません。

それは「自分たちが頑張って作った以上、美味しいと言え」ということ押し付けているだけで、
相手にとってどうなのかとかが置き去りになっているゲームです。




[やりこみに関しての話]

マニアックな要素ということでの話ですから、
ついでに、やりこみということに関しても話をさせてもらいます。

やり込みというのは、誰かから言われてやるとか、
何かそうしないといけない目的や課題があるあら、そこまでやるとか
そういったものではありません。


[孤独○グルメ]という漫画にあるセリフですが、
「モノを食べるときはね 誰にも邪魔されず自由で なんというか救われてなきゃあ ダメなんだ」
という言葉のように、
やり込みというのも、誰にも邪魔されず自由で救われていないといけないものなんです。

「ほら、やりこみ用のボスですよ。」
とか
「ほら、このボスはやりこまないと勝てないボスですよ。」
とかいうのは
実はプレイヤーは
「ほら、マニアども、人参ぶら下げてやったぞ」
ということを最初から感じているんです。



勘違いしている作者が多いのですが、
レールをつくらないとやり込まないわけでもなければ、
レールを作ってやりこむ用に仕向けたから、
やりこませた=時間を自分のゲームに束縛した=自分はのめりこませるゲームを作った
とかではありません。

それはただ、クリアするまでが大変なゲームなだけです。
言うなれば、[友人マ○オ]状態なんです。

そして、もう一つ勘違いしているのは、クリアするまでが大変なゲーム
イコール、寿命の長いゲームではない
のです。


なぜかといいますと、大変なゲームというのは、
クリアしてしまえばそこまでで、それ以上 やる気が湧かないからです。

友人マ○オみたいなコースとかも、
クリアするまでに完璧に手順覚えて実行していくのに時間や労力が必要ですが、
クリアしたら「ああ、終わった、終わった」で二度としたくないし、
繰り返しプレイなんかやりたいとも思わない。

それと同じなんです。
大変なゲームというのは、クリアするまでに時間がかかるけど、
クリアした時点で「もう、いいや」となって、それ以上プレイしなくなる
のです。


本当に繰り返されて遊ばれるゲームは、
自分でハードルを上げていけるゲーム
なんです。

マ○オにしても、
悪いコースというのは、一つしか解法が無くて、それを満たすタイミングもシビアで、
ミスったらそこでやり直しというステージは、それこそ友人マ○オ的なコースは、
ストレスがたまって、すぐに飽きられる。

対して
良いコースというのは、解法のパターンが複数あり、どちらでも選べるコースなんです。
上側にまっすぐな橋があって、下側には、穴が飛び飛びであるけど、そこに1UPがある。
ただ、次のステージを目指すだけなら、上の橋を通ればいい。

そして、最初にとりあえず次に進みたいという人は、上の橋を選ぶでしょう。
じゃあ、下のルートを選ぶ人というのはどういった人かというと、
一度、上のルートでクリアしてみて、物足りない人が下のルートにも行って、
「俺は下のルートで進めるんだぜ」とやるわけです。

何回もプレイされるゲームというのは、そこなんです。

下のコースを強制したらいけないんです。
下のコースというのは、やれる人がやり始める場所なだけなんです。
(だから、上コースだけだとすぐにクリアされて終わりだから、
上コースだけでもダメだし、かといって下コースを強制するだけでもダメなんです)

http://haihat.blog.fc2.com/blog-entry-4259.html


ところが、今回の記事でテーマになっている、
負けず嫌いで、説明が下手なタイプの作者が作るゲームというのは、
友人マ○オの方向性のものを作ることが多いです。

マ○オで言えば、クッパにファイアボールが通じない、
足場は飛び飛び、こちらもチビ状態とかではアウトで、特定の形態で突入して、
特定の手順を遣り通せて、ようやく勝てる。
という感じです。

そして、タチが悪いことに、負けず嫌いだから、
自分たちを正当化しようとして、
自分たちのゲームの方向性がそういったものなのに、
それを棚上げにして、
「楽しむようにプレイしない奴が悪い」
と責任転嫁したりしてきます。

こうすると、火に油を注ぐだけで、逆効果です。


重要なのは、その作品がどういったデザインの物なのか、そこなんです。

必死にやろうと、まったりやろうと、ゲーム自体が友人マ○オ的だったら、
そのコンテンツの方向性がそうなっているでしょ。
という話になるのです。

スーパーマ○オブラザーズ 2

スーパーマ○オブラザーズ 3

どちらが難しいですか?
2のほうですよね。

でも、名作として認識されているのはどちらですか
3のほうですよね。

そして、2のほうは、世間ではどういう印象を持たれていますか?

2のようなマニアックな方向のものを作っておきながら、
なのに、3的に楽しんでくれというのはおかしい話です。

3的に評価を受けたいのなら、3のような作り方をすべきなんです。
そこをすり替えるのは横着です。

3のような評価を受けていないというのなら、
3のような作り方を出来ていない自分たちを省みるべきです。


で、こういった人たちが、何を見ようとしていないのか、
本人たちが自己正当化の元に排除してしまっているものは何かといいますと、
自分たちが作ったものが、どれだけ無駄が生じているのかという部分なんです。

例えば、最初のほうで話した、キャラクターメイクで、
キャラを育てていくRPGとかの場合、ギチギチの難易度だと、
それに適したキャラを育てきらなかった人は、新たに育て直しになってしまいます。

その育て方を失敗したキャラは、役立たずということになり、
ただ邪魔になるだけです。
この徒労、[無駄]の部分こそ、本当は向かい合わないといけない箇所なのです。

なぜかというと、プレイヤーは思い思いに、自分なりに正解への道筋を考えてやったのですから、
その部分こそ、その人のそのゲームの捉え方そのものなのです。
その部分こそ、その人にとってのそのゲームの本性なのです。
その部分をぞんざいに扱って、慕われるゲームになどなりません。


では、無駄をなくしていくにはどうするか?
その無駄にちゃんと意味を持たせればいいのです。

育て方を失敗して探索メンバーとして使いにくいのなら、
引退させることに何かを持たせたりする。

例えば、引退者がコーチになって、
コーチ付きで作成したら、補正がかかったキャラが作成されるとか。

それとか、引退者をどこかの部署に担当させることによって、
何かアイテムなどの開発進むとか。
それこそ、各職業ごとに引退させたことによって、
その職業の新しいアイテムが開発されるとか。
ウィザード○ィみたいに種族まであるゲームなら、
種族ごとにとかでもいいでしょう。

他にも、そういった区分分けではなく、
引退者のその後の就職先で、
探索ガイドに就職とかいうのなら、探索を便利にアイテムが商店に並ぶとか
鉱山に就職とかなら、石系のアイテムが商店に並ぶとか、
鍛冶屋に就職したら、武器や防具が商店に並ぶとか、
そういったのだって、あっていい。

むしろ、キャラを作り変えていくゲームなら
そこに極まっていけばいいのです。
無駄をなくすこと=無駄を生み出さないこととは限らず、
無駄にも意味を付加していくという解決方法だってあります。




もしくは、そういった救済的な措置は与えない代わりに、逃げ道を用意するとか。
それこそ、筆者も別サイトで攻略していますが、
巣作りドラゴンというゲームが、そこらへん逃げ道が用意されているゲームです。

進行度として、現段階の戦力では勝てないようだったら、
周回に逃げて、引き継いで戦力を充実させていいですよ。
そして、エンディングも複数あるから、それに勝てるか勝てないかだけではなく、
色々なエンディングを目指しながらでいいですよ。
というデザインになっています。

※引継ぎにしても、大変なものをクリアした後じゃないと引き継げないのなら、
引継ぎの意味ってほとんど無いですからね。
引継ぎがあるもので、どのタイミングで引継ぎで逃がさせてあげるか、って
結構重要なのです。


ところが、こういった人たちは、そういった部分を細かく作ることは二の次です。
そこの部分を作ると、プレイヤーが有利になって、
楽にクリアする人が出てくるからです。
これを許そうとしない。
「絶対にここを突破するには、これだけ苦戦しなければいけない。」
という激戦くささが成り立たなくなることが許せないから。
このボスとは、ボクシングで言う最終ラウンドまで もつれてから、
最後にアッパーカットでKOしないといけませんとか、

そういったのを強制しようとしてくる。

でも、そこを縛り付けるから、無駄(出来なかった人たちの徒労)を生み出してしまう。

やりこみを根本的に勘違いしているんですよ。
繰り返し言いますけど、やり込みというのは、やりたい人間がやればいいんです。
激戦をしたければ、勝手に縛らせればいいだけのことです。

したい人間は、勝手にそういったの邪道だと思って縛るだけです。
そこを作者が線を引こうとすると、おかしくなるのです。

ましてや、ストーリーボスとかで、ギチギチにしたら
それこそ、進行のために無駄(プレイヤー側の徒労)が生じまくってしまいます。



やりこまれた名作とかを振り返っても、
ストーリー上、ギチギチのボス戦を要求するゲームって少ないと思いますよ。

ファイ○ルファン○ジー5とかにしても、
別にラスボス自体が酷かったわけでもないですし、
オメガや神竜も挑みたければ挑めばいいよ、というボスでしたし、
強制的に倒さなければいけないボスだったわけではありません。

それこそ、ウィザード○ィ1作目なんて、
ラスボスも大したこと無い上に、その後に何らコンテンツが控えているわけでもないのに、
みんなムラマサやしゅりけんを集めたりしたわけです。

結局、やり込みというのは、そのゲームに[はまった]副産物にしか過ぎず、
やり込まれるゲームを作りたければ、やりこみを強制するゲームを作るのではなく、
[はまってもらえるゲーム]を作るべき
なのです。

やりこまないといけない=やりこませるようなゲームを作った
ではないのです。

やりこませるようなゲームを作りたい、というのは、
自分のゲームをやりこませることによって、
自分のゲームは他人がやりこむようなゲームだった、という風に持ち込みたい、自己承認欲求なだけで、
プレイヤーが実際に何を楽しんでやっているのか、なんて二の次です。

[やりこませる]とか考えるのではなく[はまってくれるかどうか]を見るべきなんですよ。
そこを勘違いしている作者が多いですね。
ハードルというのは作者が強制するのではなく、その人が勝手にどんどん上げていくもの。
ここを履き違えると作者とプレイヤーのケンカが起きやすくなります。


でも、ギチギチに作る人というのは、ラスボスをオメガや神竜にしてしまうんですよ。

特に、筆者が許せないのが、
原作があって、それに似たような作品を作って、そういったことをやっている場合です。

原作では、はまってやりこむような部分があっても、
そこを捻じ曲げて、勝手に自分のほうに引っ張っていくというのは、
原作ファンを釣って、その原作ファン相手に自慢をぶつけているだけでしょ。
ぶん殴ってやりたいですよ。

上辺のシステムや一部のイベントやネタだけ真似て、
その原作が人を魅了していたのは何だったのか、そこの部分は学ぼうとせず、
ゲームバランスなどは勝手に自分本位で、腐ったものにしておきながら、
自分は凄い作品を作ったとか思ってんでしょ、原作に対して失礼すぎますよ。


例えば、ドラ○エ(のゲーム性)が好きな人たちに、
「ドラ○エっぽいゲームを作りましたよ~」と宣伝して、手にとってもらう。
でも、その作品の中身は、作者の独りよがりでギチギチのバランスのものでした。
その作品を、ドラ○エが好きな人たちは、
ドラ○エっぽいゲームを前に出されたら、クリアするまでやりつづけないといけない奴隷ではないですよね。

だって、ドラ○エのゲーム性が好きな人というのは、
そのドラ○エが舵を取っていたバランス加減を含めたデザインが好きなんですから。

そういった部分でのずれで、作者にはねかえってくることがあっても、
それは、あなた(作者)がそれで、釣ってしまおうと考えている、狡猾性や野心にしか過ぎないでしょ。
という話です。

リスペクトするんだったら、デザインのいい部分から噛み砕いて、
リスペクトして欲しいというのはありますね。
形だけ利用して釣ろうとせずに。


デザインの記事 その1では、
それっぽいものをただつまみぐいして、「はい、ゲームです。」
というのは、どういうデザインをしているのかを自分で考えておらず、
受け手から見れば、数あるデザインの中で
「そうしておけば、それっぽく見えるでしょ、というデザインをしているだけ。」
色々なデザインの中で、あなたのデザインはそういったデザインにしか過ぎないだけなんだよ。
という話をしました。

この記事ではその逆で、
マニアな人間が自分本位のガチガチのものを作ったものに関してなのですが、
これも実は同じなのです。
数あるデザインの中でそういったデザインをしているだけなのです。

プレイヤーは難しいものを、クリアするまでどこまでもやらされる奴隷ではありません。
酷いものを押し付けられて、黒を白とまで言って
心に嘘ついて、楽しいと口にしなければいけない義務なんてありません。


鞭打って、面白いと思え、楽しいと思え、なんてのは、そんなのはただの虐待ですよ。

虐待という表現をしましたけど、本当に乱暴なだけなんですよ。

そして、優しくない。

ここでいう優しさというのは、
もんぱらであった、
「本当に頭のいい人は~」という知性からくる
優しさ話のことです。

本当に自分で自分が何やっているか考えてわかっている人というのは、
自分自身がやっていることに関しても「これ虐待じゃないか」とわかるんですよ。

それを自分でわかって、「それは良くないじゃないか」と
止める意識のほうが勝つ人、それが本当の意味で、
他人の痛みがわかる人で、優しさを持っている人というのはそういう人のことをいうのです。
そして、他人同士の関係の中でも、そういった部分を読み取って、
行動できる人でもあります。

世間一般で言う、親切とか美徳とされているものを、
ただ記憶にインプットして、事あるごとに露骨に実行しようとするだけなのは、
優しさとはいいません。
それは慇懃無礼で、あざといだけです。

タチの悪いことに、他人を突っぱねる人ほど、
ただ自分勝手に振り回しているものを正義として頑なに誇示するだけで、
それが虐待とかの正当化になっているだけになっていたりするのです。

芸能というのは、自分の本質力を作品に籠めているのですから、
その人自身の認識の仕方や精神の根っこがそのまま出てしまうものなんです。
そういった意味で[優しくない]というのが、そのまま作品に出てしまっているのです。


ただ、筆者 個人の範囲だと、縁を切るとかほうに全力で振り切ればいいのですが、
その作品を手に取った他の人たちのことを考えれば、
「これ、本当にみんながみんな、こんな苦行ゲーに付き合ってくれると思ってんの?」
と怒りが湧いてきます。

そして、当の作品作った本人は、自分を愛してくれるものしか見ようとしないから
こぼれていった人たちの事なんか何にも考えていないのだろうな。
という無神経さとかに関しては、
頭を引っつかんで壁に叩きつけてやろうかと思いますよ。

特に、完全オリジナルで元ネタとか頼らなくて勝負するならまだしも、
元ネタがあって、それで注目を集めて、人を釣っておきながら、
個人のわがままで捻じ曲げた部分で、ギチギチのことを要求するのはね。
途中でも言いましたけど、冒涜してるよな、って話で。


個人で言えば、
「ああ、ハズレのゲーム引いた、ここのサークル気持ち悪い、二度と買わないでおこう」
で済むのですが、
攻略書いている側からすると、
「お前の酷さをごまかすために、攻略書いているわけじゃねえのだから
本当に出来ない人のことを考えたことあるか?」
と優しくないということに関しては、怒りも同時にもっています。


繰り返しますが、プレイヤーは奴隷じゃないのですから、
そういった人間が振り回すものに付き合い続ける理由は無いのですよ。

作者がどう思っていようと、プレイヤーからすれば、
(原作も含めて)好きなものは好き、嫌いなものは嫌いなだけなんです。
「何か面白そうなものはないかな」とか、
「うんうん、あれいいよね」という共感とか、それだけですよ。
プレイヤーはプレイヤーで、それをいいかどうか捉えているだけです。
それに納得できるものに出会えば、プレイヤーのほうが動いていくだけの話です。

下手に作者が一人で息巻いたところで、ずれたものを必死に振り回しているだけだと、
受け手からすれば、ス○夫が自慢話をするときに流れている曲が
脳内で再生されるだけ
です。

総括として、話をデザインに戻しますと、
易しいコースさえあればいいわけではなく、
難しいコースだけあればいいわけでもない。

そのときに、
「難しいコースだとダメなんでしょ。
じゃあ、簡単なコースを作ればいいんでしょ。」
と考えるようではダメです。

それだと、作者が押し付けようとしていることからは抜け出せていないからです。
ゲームというのは、その人がどうやりつづけていくか、
そのコンテンツを次から次へと出してあげて、ハードルも相手がやり始めたいところから始めさせることですから。
(エロだけ見たいから、さっさとクリアしたいとかになると、話は違いますけど)

そこをちゃんと組み立て直して納得させていくか、ケンカして突っぱねるかは、
作者側の問題であり、
受け手が面倒見てやらないといけない義務はありません。

どれだけ作者が吠えたところで、受け手は自分の気に入ったものに関わりを持ち続けていくだけ。
料理のメーカー
ワインのメーカー
服のメーカー
どれでもそうです。
ただ気に入ったところのお得意様になっていくだけ。

それがデザインというものです。
ダンジョン オブ レガリアス ~背徳の都イシュガリア~ [Astronauts]

注目作 DLsite

あんみつや様の新作が予告開始されました。
いつも通り丁寧な造りで
基礎がしっかりしている作品です。

システム的にTP技が強いので、
防御でTP溜めに専念するターンを作るのも
戦術になるでしょう。
5月8日 正午まで50% OFF
エロゲ、エロアニメ、PCゲームのダウンロードショップ - DLsite Pro
注目作 DMM
プロナント・シンフォニー

DMMでも予告作品が開始されました。
まだメニューからは探しにくい状態ですが、
検索で[予告作品]と打てば、表示されます。
(もしくは、ジャンルの[予告作品]をクリックするか)

やはり、お気に入り登録数の傾向から言っても、
DMMは、ゲーム性より
エロ度重視の傾向にありますね。
攻略作品
呪いの魔剣に闇憑き乙女
別サイトにて攻略掲載

批評記事に追記を書き足しました。
デザインに関する話なので、
同人の方とかも参考になるかもしれません。
4月26日 正午まで まとめ買いキャンペーン
同人誌、同人ゲーム、同人ソフトのダウンロードショップ - DLsite.com
商業 デモ・体験版
基本的に金曜日に更新することが多いです
エロゲ、エロアニメ、PCゲームのダウンロードショップ - DLsite Pro
サークル割引
同人誌、同人ゲーム、同人ソフトのダウンロードショップ - DLsite.com
DLsiteで、サークル様の独自の裁量で
割引が設定できるサービスが開始。
これにより、夏や冬の大型セール以外でも、
サークル様の判断により
割引を開始することが出来るようになりました。
GAME999
毎月 第二水曜日更新
同人誌、同人ゲーム、同人ソフトのダウンロードショップ - DLsite.com
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Ecstase 戦姫占陵

[乳game]というワードで
ネットに検索をかけてみると良いかも。
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触手や腹ボコしかやらないブランドなので、
絵柄から勘違いしないように気をつけてください。